本号の Countdown では、世界の海運分野で NZF(IMO Net-Zero Framework)を適用していく際に、どのような執行体制(enforcement regime)が働くかを考察し、既存の要素と、まだ明らかにされていない点の双方に焦点を当てながらインサイトを提供します。
全体像
IMO NZFは確立された執行体制によって支えられており、コンプライアンスに対する信頼性を強化しています。
IMO NZF の執行は多層構造であり、旗国(flag States)、港国管理(Port State Control, PSC)、認証機関(recognized organizations, RO)、IMO 加盟国監査(Member State Audit)が重層的に役割を担います。
業界メカニズムは、用船契約における契約義務、審査ツール、コンプライアンスに紐づく保険条項などを通じて、コンプライアンスをさらに促進することができます。
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なぜ重要なのか
執行は規制の信頼性の基盤となります。IMO NZFが政策から実践へと移行する中、コンプライアンス投資を保護し、市場の公平性を維持するためには、一貫した執行が不可欠です。
IMOは、世界の海運を規制するための規則を策定、採択する責任を担いますが、その執行を監督するものではありません。IMO規則の執行は各国当局の責任であり、多くの場合、地域協力を通じて行われます。
ここで扱う船舶ベースの執行に加えて、持続可能な船舶燃料が、その主張に見合う方法で生産、流通、輸送、供給されていることを確保することも同様に重要です。これについては、今後の号でさらに詳しく取り上げます。
国際海運における規制の多層的な執行(Multi-layered enforcement)
国際海運業界は、海上の安全、環境保護、船員の権利と福祉を規定するSOLAS(海上人命安全条約)やMARPOL(船舶による汚染の防止のための国際条約)などの法的拘束力のある包括的な国際条約に基づいて運営されています。
国連海洋法条約(UNCLOS)は、海洋統治の包括的な法的枠組みを提供しています。これにより、IMOおよびその他の海事条約が施行、執行される際の権限が定められています。
これらの条約に基づき、旗国( flag States )は自国の旗を掲げる船舶における国際基準への完全準拠することを保証する主要な責任を負っています。旗国による執行を補完するため、 ポートステートコントロール(PSC)という国際制度が整備されています。 PSCは、寄港国が自国の港を訪れる外国船舶を検査し、国際規制への適合を確認することを可能にします。
図1:国際海運の規制執行主体の概要。
IMO NZFにおけるの執行主体とその役割
旗国とポートステートコントロールの連携によって二重の執行メカニズムを形成することで、国際海事法の完全性を維持するとともに、世界中で安全で安心かつ持続可能な海運を促進します。
旗国は認定機関(RO)に法定認証および検証業務を委託し、IMO規則の施行をサポートしています。このメカニズムは、IMO加盟国による義務的な監査(IMO Member State Audits)によってさらに強化されています。これらの執行主体は、世界中の船舶全体のコンプライアンスを共同で監督します。
次のセクションでは、これらの執行メカニズムがどのように機能するかを分析し、NZFを確実に達成するための潜在的な役割を概説します。
最初の防衛ライン:旗国
「旗国」という用語は、船舶が特定の国家への帰属を示す象徴として旗を掲げるという歴史的慣行に由来します。時を経て、これらの旗は国家の公式かつ強力なシンボルへと進化し、船舶の登録国籍を視覚的に証明する機能を果たすようになりました。
現在、国が旗国として認識されるには、その船隊の規模と種類に応じて必要な財政的および技術的資源を有し、IMOによって定められたすべての基準と規則を遵守する必要があります。
旗国による執行の法的根拠
UNCLOSに基づき、旗国は国際海事規則を施行および執行し、自国の旗を掲げるすべての船舶が国際海事条約に定められた責任と義務を確実に遂行するための必要な措置を講じる法的義務を負っています。
具体的には、UNCLOS第211条第2項は、旗国に対し、管轄国際機関(IMOなど)を通じて制定された船舶からの汚染に関する国際基準に合致する法律や規則を採用することを義務付けています。
UNCLOSに加え、MARPOLは、旗国が海洋環境を積極的に保全および保護する義務を直接的に強化しています。この二重の義務が存在するのは、MARPOLが旗国に対して自国の旗を掲げる船舶で準拠すべき詳細な規定的要件を定めており、この規定的要件は、技術の進化を反映して定期的に改正されるためです。これに対し、UNCLOSは海洋環境を保全するための一般的な義務を定めており、改正されることはほとんどありません。
UNCLOSの参照規定により、IMOなど、権限のある国際機関による国際的な規則や基準に関する合意形成が認められています。
UNCLOSを批准した国々は、権限のある国際機関を通じて一般に受け入れられる国際的な規則および基準を策定するための、この条約で定められた枠組みに同意したことになります。これは、各国が自国の国内法を通じてIMO条約を完全に施行し、それぞれの管轄区域内でこれを執行する義務を負うことを意味します。とはいえ、UNCLOSを批准していないものの、MARPOLの締約国であり、国内法を通じてその規則を執行している国もあります。
最前線の専門家:認定機関(RO)
すべての旗国が、IMO条約に基づくすべての義務を履行するために必要なインフラ、ニーズに応じた技術的、人的、財政的資源を備えているわけではありません。これらの能力格差を埋めるために、旗国は通常、IMO NZFを含むさまざまなIMO条約および枠組みにおいて、ROとして識別される船級協会に特定の法定機能を委任します。
旗国によるこうした責任委任の必要性を踏まえ、IMOはIMO RO規則を制定しました。この規則は、認定したROを認可および監督するための枠組みを旗国に提供し、安全、セキュリティ、環境保護などの分野で最低限の統一基準が維持されることを保証するものです。この規則はまた、旗国とROの両方の責任を規定し、委任された機能における透明性と説明責任を促進します。
NZFにおける旗国とROの役割とは?
旗国は、本項で前述した海事基準および規則に確実に準拠するために、自国の旗を掲げる旗国として登録された船舶の定期的な調査および検査制度を継続的に実施しています。
特に留意すべき点は、旗国の役割がNZFでは「管理 : Administration 」として規定されていることです。IMO NZFの実装により、旗国およびROの責任は大幅に拡大される見込みです。NZF第37条に基づき、船舶は以下の事項を自国の旗国または旗国が委任したROのいずれかに報告する必要があります:
達成された年間温室効果ガス燃料強度(GFI:Greenhouse Gas Fuel Intensity)
年間GFI目標
GFIコンプライアンスバランス
上記の計算に使用された基礎データ
旗国は以下の事項について最終的な責任を負います:
船舶の船舶エネルギー効率管理計画(SEEMP) がNZFの要件に準拠していることを確認すること
報告されたGFIデータのコンプライアンスを確認すること
達成された年間GFIを確認すること
確認されたデータをIMO GFIレジストリに提出すること
IMO GFIレジストリから年間船舶報告書を受け取り、料金の支払いを確認した後、適合証明書を発行すること
IMO GFIレジストリに基づく船舶の報酬受給資格を評価すること
RO規則は、NZFの旗国およびROsに課される新たな責任を反映するため改正される見込みです。
監視者の監視:IMO加盟国監査
政府がIMO条約を受諾すると、その条項を国内法に組み込み、効果的に実装および実施することに暗黙的に同意したことになります( IMOプロセスに関する以前のニュースレターを参照)。この取り組みの一環として、すべてのIMO加盟国は、 IMO加盟国監査制度(IMSAS)の対象となります。IMSASは、IMO制度実施規則(III規則)の規定に従って、加盟国に適用されるIMO制度に基づく義務の遵守状況を評価するために設計された強制的なメカニズムです。
この監査制度は、海事ガバナンスにおける透明性、説明責任、および継続的な改善を促進する上で極めて重要な役割を果たします。そして、加盟国が以下の点についてどの程度実施しているかを評価します:
旗国、港湾国、沿岸国としての責任を果たしていること。
効果的な法的、管理的、実施的枠組みを維持していること。
IMO条約を一貫して効果的に実装し、実施していること。
NZFにおけるIMO監査の役割とは?
IMO NZFの導入により、加盟国はGHG排出量の報告、検証、およびコンプライアンスに関する新たな任務を負うことになります。
IMO NZFの確実な実施を確保にするために、IMO監査制度の改正が必要になります。これらの更新には次のようなものが含まれる可能性があります:
GHGコンプライアンスを監督する国の能力を評価するために強化された基準。
GFIデータの検証および報告プロセスを監査するためのメカニズム。
拡大されたNZFの責任を担う各国において、いかに効果的にROを管理しているかの評価。
第二の防衛ライン:ポートステートコントロール(PSC)
PSC は、旗国措置を補完する重要な第2の執行手段として機能します。旗国は、自国旗を掲げる船舶に対して主に責任を負いますが、港湾国は自国の港に寄港する外国籍船舶を含むすべての船舶が国際基準を満たしていることを確認する上で重要な役割を担っています(UNCLOS第217条、第218条および第219条参照)。
PSCは、検査を通じて安全網として機能し、MARPOLやSOLASなどの条約に完全に準拠していない可能性のある船舶の不備を特定します。これらの検査は、基準を満たさない船舶の運航を防止し、世界の海上安全、環境保護、公正な競争に貢献します。
PSCの重要な機能は、最終的な制裁を課す権限、つまり船舶が安全または海洋環境に容認できないリスクをもたらすと判断された場合にその船舶を港に拘留する権限です。船舶運航者は、航行時間の損失など、評判や財務に重大な影響を及ぼす拘留を回避するために、適用される規制を遵守するよう努めます。
PSCは、IMO 決議A.682(17)によって正式に定められた地域協力の枠組みの下で運営されています。現在、下の地図に示すように、9つの地域協定により世界各地のPSC活動が調整されています。
米国沿岸警備隊は、IMO基準に準拠しながらも、地域MoU構造外で運用される、独立したPSC体制を維持しています。
図2:港湾国管理に関する9つの覚書(MoUs)を示す世界地図。米国沿岸警備隊は独自の体制を維持しています。 ロシア連邦もパリ協定の加盟国ですが、現在は加盟資格が停止されています。
このMoUsは、船舶の検査範囲を最大化するための取り組みを調整し、当局が高リスク船舶に関する情報を共有することが可能になり、それらの船舶が優先的に検査されることを確実にします。このMoUsはまた、検査結果や各旗国に登録された船舶に対する拘留件数に基づき、リスクプロファイルを旗国間で共有することでも協力しています。
このグローバル規模での調整システムにより、船舶は運航場所にかかわらず、一貫した監視下に置かれることが保証されます。この一貫性により、IMO条約の実施が強化され、より安全で、クリーンで、透明性の高い海事運航がサポートされます。
NZFにおけるPSCの役割とは?
NZFの規則第10条は、PSCの検証機能を拡張します。PSC職員は、船舶の年次 GFIに関連する適合証明書の審査に加えて、次の事項も検査する場合があります:
IMO GFIレジストリが発行する年次船舶口座明細書
船舶エネルギー効率管理計画(SEEMP)
これらの文書は、PSCが船舶がNZF要件を実施したかどうか、またどのように実施したかを確認するのに役立ちます。
PSCは、特にMARPOL第5条(4)に基づく 「no more favorable treatment」条項の適用を通じて、NZFの実施に重要な役割を果たします。この規定により、MARPOL締約国ではない旗国に登録された船舶も、締約国に登録された船舶と同じ検査基準に従うことが保証されます。no more favorable treatment の原則により、国際貿易に従事する船舶がIMO NZFを回避することは困難になります。
たとえば、PSC職員が船舶を検査し、年次GFIに関連する適合証明書に不備を発見した場合、当該船舶の旗国が関連条約を批准しているかどうかに関係なく、職員は不備を記録する、船舶を拘留する等の措置が可能です。
NZFに従わなかった場合に起こりうる結果
IMO NZFの承認された条文には、有効な適合証明書を提示しないことが拘留対象となる不備であるとは明記されていません。ただし、この枠組みでは、MARPOL附属書VI(規則第10条)を改正して、NZFの適合性証明書および年次適合証明書を PSC実施の対象範囲に含めています。
IMO NZF採択後の作業計画には、PSC手順の見直しが含まれています(決議A.1185(33))。これらの手順がIMOデータ収集システム(DCS)および炭素強度指標(CII)について以前に更新された際に、それぞれの適合証明書が「拘留対象となる不備」の章に追加されました(決議の付録18、2.7.2.3項を参照)。したがって、IMO NZF適合性明書も同様に含まれることが予想されます。
この問題は、IMO NZFの実施におけるPSCの役割の形成において主要課題になると見込まれます。既存のIMO PSC手続きでは、必要な証明書がない場合には拘留が正当化される可能性があると規定されているものの、非締約国の船舶にはそのような証明書を携帯する義務がないことも認められています。しかしながら、no more favorable treatmentの原則の下では、船舶の航行が許可される前に実質的な遵守が求められます。
実質的な遵守とは、軽微な不備があったとしても、船舶が規制の趣旨を満たしていることを要求するものです。NZFに基づく実質的遵守の定義は複雑であり、詳細な分析が必要ですが、適合性明書がない場合、その立証は困難であると推測されます。
刑事訴追、罰金、 組員または船舶管理者に対する制裁などのその他の実施措置については、個々の加盟国がIMO NZFをどのように実装および実施するかによって異なります。
2020年に導入された IMO硫黄規制の実施から、違反によって次のような結果がもたらされたことが分かります:
これらの前例は、IMO NZF要件に対する重大な違反、特に意図的な不遵守に対しては、PSCから同様に厳しい罰則が科される可能性があることを示唆しています。
NZFの実施における業界の役割とは?
海運業界自体が、IMO NZFの実施において重要な役割を果たすことになります。規制遵守は義務付けられていますが、多くの事業者は、商業上のインセンティブ、評判への配慮、および非遵守による罰金や拘留を回避したいという理由から、自発的に遵守努力を進めると考えられています。
商業契約および傭船契約は非公式の実施手段として機能し、NZF関連の義務をビジネス慣行に組み込みます。傭船者と荷主は、船舶の選択において 環境性能をより重視するようになっており、規制遵守が競争優位性につながっています。
契約による実施に加え、業界主導の自主規制プログラムは、業界全体の安全性と規制遵守基準の向上に効果があることが証明されています。これらには、船舶検査報告プログラム(SIRE)、 RightShipおよび 共通船舶検査文書(CMID)が含まれます。
これらのプログラムは、業界の利害関係者間のパートナーシップを通じて運営され、世界中の傭船者が日常的に参照する検査報告書や審査ツールを提供しています。また、MARPOL附属書VIに基づく検査を取り入れるように進化しており、NZFの要件に速やかに適応することが期待されています。
最後に、海上保険契約には国際基準への準拠を求める条項が含まれることがよくあります。適合証明書のない船舶は、リスクが高いとみなされ、保険料の値上げ、補償範囲の制限、または特定の引受プールからの除外につながる可能性があります。
これらの市場ベースのインセンティブは、規制実施を補完し、対象船種となる世界中の船隊全体におけるコンプライアンスと透明性を向上させます。
実施による説明責任
IMO NZFの実施が成功するかどうかは、規制設計の堅牢性だけでなく、実施メカニズムの明確性と効果性にも左右されます。
NZFは、旗国、認定機関、PSC当局に責任を割り当てることにより、世界的な海運事業の複雑さを反映し、高いコンプライアンス率を達成する可能性を高める多層的なコンプライアンス体制を確立します。
市場ベースのメカニズムと自主規制の取り組みは補完的な役割を果たし、コンプライアンスを強化し、責任の明確化を促進し、業界のネットゼロ排出への移行を加速します。
しかし、この枠組みは、一貫性と公平性のある実施を確保するために対処すべき新たな契約上、運用上、および法律上の課題も生み出しています。業界がこれらの進化する要件に適応する中で、規制当局、業界の利害関係者、実施機関間の連携が業界の適応力の基盤となります。
これはIMO NZFに関するニュースレターシリーズの一部です。過去版、および詳細はIMO NZFホームページでご覧ください。
著者:Jyotsna Dargan (Secondee to MMMCZCS)、Pernille Palmelund Sørensen (MMMCZCS)
